大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)3453号 判決
原告
日本理化製紙株式会社
右代表者
南淳雄
右訴訟代理人
辻中一二三
外二名
被告
下井俊一
右訴訟代理人
増田淳久
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
一、原告
1、被告は原告に対し昌栄印刷株式会社(以下、訴外会社という。)発行の普通額面株式三〇〇〇株を引渡せ。
2、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言。
二、被告
主文一、二項同旨の判決。
第二、当事者双方の主張
一、原告の請求原因
1、訴外会社は、定款で、同社の株式を譲渡するときは、取締役の承認を必要とする旨定めている。
2、被告は、訴外会社の株式一万三五〇〇株を所有する株主であるが、訴外会社に対し、昭和五一年八月五日付「株式譲渡承認請求書」と題する書面をもつて、訴外足立英二ほか二九名にその所有株式のうち普通額面株式三〇〇〇株(以下、本件株式という。)を譲渡したいので、右譲渡を承認するよう、譲渡を承認しないときは他に譲渡の相手方を指定するよう請求した。
3、訴外会社は、右請求に対し、同月一一日に開催した取締役会において被告の右株式譲渡を承認しないこととし、譲渡の相手方として原告を指定することを決定し、被告に対し、同月一八目付「株式譲渡の相手方指定通知書」と題する書面で同日ころその旨を通知した。
4(一)、そこで、原告は、商法第二〇四条ノ三第二項の規定に基づいて、訴外会社の最終貸借対照表である昭和五〇年一〇月三一日現在の貸借対照表の資産の部合計金額から負債の部合計金額を控除して算定した純資産額二億四九三〇万八一一八円を基準として、これを発行済株式の総数一五〇万株で除した額に本件株式の数三〇〇〇株を乗じた額の五〇万一〇〇〇円を昭和五一年八月二三日に大阪法務局に供託したうえ、右供託書を添付し、同日付「株式譲渡請求書」と題する書面をもつて、被告に対し本件株式を原告に売り渡すように請求し、右請求書は同月二五日に被告に到達した。
よつて、右株式譲渡請求書が被告に到達した日に原、被告間で本件株式の売買契約が成立した。
(二)、ところが売買価格について原、被告の協議が調わなかつたのに、被告は右株式譲渡請求書および供託書が到達した後、二〇日間を経過しても裁判所に対し本件株式の売買価格の決定の請求をしなかつた。
よつて、商法第二〇四条ノ四第一、第三項により、右株式譲渡請求書到達の日より二〇日間の期間の経過によつて、右供託額が本件株式の売買価格となると同時に代金の支払が完了し、本件株式移転の効力が生じた。
同法第二〇四条ノ三第二項に定める供託は、株式の売買代金の支払を担保するためのものであるから、仮りに、貸借対照表記載の純資産額が実質的に不当であつたとしても、右純資産額に基づいて算定した金額を供託すれば十分であり、売渡請求の効力には影響しない。
しかも、被告は同法第二〇四条ノ四第一項所定の期間内に裁判所に対し株式の売買価格の決定の請求をしなかつたのであるから、右供託額が売買価格に確定し、もはや売買価格につき争うことはできない。
5、よつて、原告は、被告に対し、本件株券の引渡しを求める。
二 被告の答弁
1、請求原因1、2項の事実は認める。
2、同3項のうち、被告が訴外会社から昭和五一年八月一八日付「株式譲渡の相手方指定通知書」と題する書面で、原告主張の内容の通知を同日ころ受けたことは認め、その余は不知。
3、同4項のうち、原告が昭和五一年八月二三日に大阪法務局に五〇万一〇〇〇円を供託したうえ、右供託書を添付し、同日付「株式譲渡請求書」と題する書面をもつて、本件株式を原告に売り渡すよう請求したこと、右請求書が同月二五日に被告に到達したこと、売買価格について原、被告の協議が調わず、被告が右請求書到達後二〇日間の期間内に裁判所に対し株式の売買価格の決定の請求をしなかつたことは認めるが、右供託額が商法第二〇四条ノ三第二項に定める供託額であることは争う。
原告は右供託額算定の基礎となる訴外会社の純資産額を算定するにあたつて、昭和五〇年一〇月三一日現在の貸借対照表において特定引当金として表示された価格変動準備金六五〇万円および特別償却準備金一六五万円の合計八一五万円を負債の部合計金額から控除していない。
価格変動準備金の実質は任意準備金であり、特別償却準備金は任意準備金の性質を有する利益性引当金とみるべきものであるから、いずれも商法第二八七条ノ二にいう引当金には含まれない。そうすると右準備金はいずれも負債の部合計金額から控除さるべきである。したがつて、訴外会社の純資産額は二億五七四五万八一一八円となり、これに基づいて商法第二〇四条ノ三第二項所定の供託額を計算すると、右純資産額を訴外会社の発行済株式総数一五〇万株で除した額に本件株式数を三〇〇〇株を乗じた五一万四九一四円となる。そうすると、原告のなした供託は、その金額五〇万一〇〇〇円が右法定の供託額五一万四九一四円に一万三九一四円不足することになるから、同条に定める供託としての効力はなく、したがつて、本件株式売渡請求の効力も生じていない。
第三、証拠〈省略〉
理由
一被告が昭和五一年八月当時訴外会社の株式を一万三五〇〇株所有していたこと、訴外会社がその定款で同会社の株式を譲渡するときは取締役会の承認を要する旨定めていること、被告が同月五日付「株式譲渡承認請求書」と題する書面で、訴外会社に対し、その所有にかかる株式のうち普通額面株式三〇〇〇株(本件株式)を訴外足立英二ほか二九名に譲渡したい旨、および右譲渡を承認しないときは他に譲渡の相手方を指定するよう請求したこと、これに対し、被告が訴外会社から、同月一一日に開催した取締役会において右譲渡を承認しないこととした旨および譲渡の相手方として原告を指定することに決定した旨を記載した同月一八日付「株式譲渡の相手方指定通知書」と題する書面を右一八日ころ受領したこと、原告は昭和五一年八月二三日に大阪法務局に五〇万一〇〇〇円を供託したうえ、被告に対し、右供託書を添付し、同日付「株式譲渡請求書」と題する書面をもつて本件株式を原告に売り渡すよう請求したこと、右請求書が同月二五日に被告に到達したこと以上の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、訴外会社は昭和五一年八月一一日に取締役会を開催し、被告の訴外足立英二ほか二九名に対する株式譲渡承認請求に対し、右譲渡を承認しないこととし、譲渡の相手方として原告を指定したことが認められる。
二そこで、原告が大阪法務局に供託した五〇万一〇〇〇円が、商法第二〇四条ノ三第二項に定める供託すべき金額といえるか否かについて判断する。
同条項に定める「最終ノ貸借対照表ニ依リ会社ニ現存スル純資産額」とは、会社の最終の貸借対照表に計上された積極財産(帳簿価格)から消極財産(帳簿価格)を差し引いた額、すなわち、供託の時点からみて最も近い時期の株主総会において承認された決算貸借対照表上の資産の部に計上された合計額から、負債の部に計上された合計額を差し引いた残額とみるべきものであるが、右負債の部に特定引当金として、価格変動準備金、特別償却準備金などの利益留保の実質を有するいわゆる「利益性引当金」が計上されているときには、これらは右負債の部に計上された合計額には含まれないものと解するのが相当である。けだし、価格変動準備金は、棚卸資産または有価証券の価額が将来低落したときの損失に備えるためのもので、税法上その繰入額を損金算入することが認められているが(租税特別措置法第五三条参照。)、損失発生の確実性に欠け、また、特別償却準備金は、同法に定める特別償却または割増償却の特例適用に代えて、特別償却の限度額以下の金額を準備金として積立てたとき税法上その損金算入を認めるもので(同法第五二条の四参照。)特定の支出に対するものでなく、いずれも会計原則上その実質は利益留保の性質を有するものであるから、これら利益性引当金が特定引当金として負債の部に計上されている(その当否はしばらくおくとして)というだけの理由によつて、これを消極財産の一部と解し、資産の部に計上された合計額から差し引くのは、譲渡制限のある株式を有する株主の投下資本の回収を保護しようとする商法第二〇四条ノ三の法意に照らして正当とはいえないからである。
これを本件についてみるのに、〈証拠〉によれば、原告が本件株式売渡請求をするにあたつて五〇万一〇〇〇円を供託した時点からみて最も近い時期の株主総会において承認された訴外会社の貸借対照表である第一一六期決算貸借対照表には、資産の部の合計金額として一三億四二三七万五八八四円が、また、負債の部の合計金額として一〇億九三〇六万七七六六円が各計上され、さらに右負債の部には、特定引当金として価格変動準備金六五〇万円、特別償却準備金一六五万円が計上されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。したがつて、原告が商法第二〇四条ノ三第二項に基づいて供託すべき金額は、右負債の部合計金額から右各準備金の合計額八一五万円を控除した一〇億八四九一万七七六六円を、右資産の部合計金額一三億四二三七万五八八四円から差し引いた額(純資産額)二億五七四五万八一一八円を基準とし、これを訴外会社の発行済株式総数一五〇万株で除したものに本件株式数三〇〇〇株を乗じた五一万四九一六円(円位未満四捨五入。)であることが前記説示したところに照らして明らかであり、原告が供託した五〇万一〇〇〇円は法定の供託額に一万三九一六円不足することになるといわなければならない。
三ところで、商法第二〇四条ノ二第二項により譲渡の相手方と指定された者が同法第二〇四条ノ三第一項に基づき株式の売渡請求をするに際して供託した金額が、同条第二項所定の供託額に満たない場合においても、その供託を一律に無効と解するのは相当でなく、同条項所定の供託を売渡しを請求する者に要求するゆえんが株式売買代金債務の履行を担保するためのものであることに徴すると、法定の供託額に対する不足額の割合が僅少であるときには、不誠実な譲渡請求者が法定の供託額に不足することを知りながら、ことさらに不足額を供託するなどの特別の事情のない限り、なおその供託をもつて有効と解するのが相当である。
本件においても、原告のした供託は、その不足額の法定の供託額に対する割合が2.8パーセント弱であるのみならず、右不足を生じたのも原告が前記各準備金の実質を理解することができなかつたため、貸借対照表に資産の部として計上された合計額から負債の部に計上された合計額(特定引当金として計上された右各準備金を含む。)を差し引いた額をもつて法定の供託額と考えたことによるものであることが弁論の全趣旨によつて認められ、原告がそのように考えたことにも無理からぬところがあることに照らすと、なお同法第二〇四条ノ三第二項所定の供託として有効なものであるということができる。
したがつて、以上認定の事実によれば、原告は有効に本件株式の売渡請求をなしたものというべく、原告の株式譲渡請求書が被告に到達した昭和五一年八月二五日に原、被告間で本件株式の売買契約が成立したというべきである。
四そして、商法第二〇四条ノ四第一、第三項によれば、法定の期間内に当事者が裁判所に対し株式の売買価格の決定の請求をせず、また売買価格について当事者の協議が調わないときは、供託した額が売買価格となる旨の定めがあるが、右規定の趣旨は、手続の迅速と簡明をはかるとともに、同法第二〇四条ノ三第二項所定の供託すべき金額をもつて売買価格の最低保証とすることを株式を売り渡した者に与えるところにあるものと解されるから、株式の売り渡しを請求した者の誤りによつて、供託した額が法定の供託額に不足するときに、その不利益を株式を売り渡した者に負わせ、売渡しを請求する者の供託した金額をもつて売買価格とするのは相当でなく、この場合にはあくまでも法定の供託額が売買価格になると解すべきであり、同法第二〇四条ノ四第三項が供託した額をもつて売買価格とする旨を定めているのは、法定の供託額と供託した額が一致する通常の場合について規定したものというべきである(これに反して、供託した額が法定の供託額を上まわるときは、これが株式の売渡しを請求した者の誤りであつたとしても、かかる金額を供託した以上、株式を売り渡す者としても売買価格の最低保証として右金額を期待しているはずであるから、売渡しを請求する者がのちになつて法定の供託額が売買価格であると主張することは許されず、右供託した金額をもつて売買価格とすべきものと解するのが相当である。)。
これを本件についてみるのに、原告が有効に本件株式売渡しの請求をして、売買契約が成立したことは前記説示のとおりであり、その売買価格について協議が調わなかつたのに、被告が同法第二〇四条ノ四第一項に定める期間内に裁判所に対し本件株式の売買価格の決定の請求をなさなかつたことは当事者間に争いがないから、前記認定の法定の供託額五一万四九一六円が右法定期間の経過によつて売買価格となり、同条第五項により、原告の供託した額五〇万一〇〇〇円の限度において右売買価格の一部の支払がなされたことになる。
しかしながら、同法第二〇四条ノ第四項によれば、株式の移転は代金の支払の時にその効力を生ずるのであり、原告が右代金残額一万三九一六円につき支払をなしたことの主張、立証はないから、本件株式の移転の効力はまだ生じていないことになるといわざるをえず、原告の本件株式の引渡を求める本訴請求はこの点において理由がない。
五よつて原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(首藤武兵 東條敬 坂本重俊)